夢咲音楽館

ゆるーい日常を過ごしています。

19歳

最近、人生がつまらない。そう思ったことはありませんか?私は今、まさにそんなことを思いながらこの記事を書いています。

 

高校生の頃は毎日が楽しかった。やりたいこともいっぱいあった。しかし、今はどうだろう。やりたいこともほんのちょっとしか浮かばない。創作意欲もない。1年前は授業中でも、部活をやっているときでも頭の中に常に何かがあった。

それは音楽であったり、存在しない風景であったり、絵に描いたような理想の未来だったり、私はとにかくそれを形にしたくて仕方がなかった。

 

そんなことを思った私はある日、なんとなくTwitterを始めてみた。そこに特に深い意味はなかった。学校の友達もみんなやっているし。そんなつもりだった。

しかし、私はこのTwitterにのめりこむようになっていった。そこには日常と非日常、現実と非現実が入り混じる世界があった。それは当時の私が求めていた、「何か」を形にできる場ではないか、そう思ったのだ。

私はTwitterで自己表現をするために、フォロワーを増やし続けた。どうせなら多くの人に私のつぶやきを観てもらいたいと思ったからだ。フォロワーは増え続けた。気が付けば、1000人を超えた。

Twitterには様々な思想を持った人間たちがいる。とある1つの物事に対する見方や意見も人それぞれだ。私の意見や表現はときに誰かに批判され、誰かに認められた。

世界は広い。

それは大げさでもなんでもない、私は心からそう感じた。

 


f:id:yumesakisuzu:20200612024013j:image

しかし、私は自らを表現することに喜びを感じることがなくなっていった。それは世間では「挫折」と呼ばれるものだろう。

常に学校や部活、家族の間でさえ変わり者とされてきた私も、この広い世界ではただの平凡ないち表現者に過ぎない。いや、表現者ですらない。今までの私は傍観者に過ぎなかった。

気が付けば私は孤立していた。無限に広がるこの宇宙の中で、私は夢を見ることさえ忘れてしまった。

これが19歳のリアルだ。

将来の不安なんてもはやどうでもいい。生きるすべはいくらでもある。それよりも私は自分が自分でなくなってしまうことに強い恐怖を感じる。

 

私は何者なのか。

その答えはいつ出るのか、わからない。

今はただ一歩づつ進めばいい、なんていうが進む方向すら定まらない。そもそも目の前に道がない。このままでは奈落の底まで真っ逆さまだ。

ああ、現実はなんて厳しいのか。

人間とはこんなにも脆いものだったのか。

そんなことを思いながら、今日も生きている。

 

 

この世の中にあるすべての存在には何かしらの意味が必ずある。私が存在している意味も、きっとどこかにあるのだろう。

それならその存在の意味を見つけるまでは死ねない。

 

「人生とは自らの存在の意味を追い求める長く険しい冒険の旅だ。」

 

 

twitter.com